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東京地方裁判所 平成元年(ワ)7095号 判決

③ 事 件

原告

東海レイヨン株式会社

右代表者代表取締役

五 藤 紀 夫

右訴訟代理人弁護士

藤 原 寛 治

瀧 澤 秀 俊

被告

有限会社コンパル

右代表者代表取締役

岩 井 重 信

右訴訟代理人弁護士

石 川 幸 吉

久保田 正 治

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成元年六月一三日から右一の建物部分を明け渡すまでの間、一か月金五0万七八四八円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決の二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文一項及び二項と同旨(なお、主文二項の平成元年六月一三日は、本件訴状が被告に送達された日の翌日である。)

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を、賃料一か月二五万三九二四円で賃貸していた。

この賃貸借契約では、賃借人である被告が役員等の変更によってその法人の実体を変更した場合には、原告は契約を解除することができ、また、契約が終了した後は、被告は、本件建物部分を明け渡すまでの間、毎月賃料の倍額に相当する損害金を支払うことが合意されていた。

2  原告は、平成元年一月一四日、被告が右のような法人の実体を変更したことを理由に、契約を解除した。

二争点

1  昭和六一年三月ごろ、新しく山口幸四郎が被告会社の取締役に就任している。これに伴って、①被告会社に契約の解除理由になるような法人の実体の変更が生じたといえるかどうか、②更に、そのような法人の実体の変更が生じたとしても、それを「賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情」があるといえるかどうかが、本事件の争点である。

2  なお、被告は、そもそも本件賃貸借契約では、賃借人がその賃借権を他に譲渡することを認める合意があったとも主張している。

第三争点に対する判断

一どのような場合に、法人の実体の変更を理由とする契約の解除ができるか。

本件建物部分の賃貸借の当初の契約書(甲一)では、賃借人が事前に貸主の承諾を得ずに賃借権を譲渡することが禁止されるとともに、賃借人が「法人の組織、代表者、役員、株主若しくは社員等の変更又は合併により法人の実体に変更を来した」ときは、貸主は契約を解除できるものと定められている。

そうすると、この条項の趣旨は、賃借人としての被告の法形式上の同一性が継続している場合であっても、その役員の変更等によって、被告会社の経営の実権を保持している者が変更し、実質的にみて賃借権の譲渡が行われたのと同視できるような事態が生じた場合には、原告は契約を解除できるというものと考えるのが相当である。

このように解釈する限り、この条項は、本件の賃貸借契約の解除理由を定める規定として、合理性を持つものと考えられる。

二被告会社に、契約の解除理由となる法人の実体の変更が生じているか。

被告会社代表者岩井の供述及び原告会社代表者鬼頭晃生の証言並びに以下の各項目の末尾に記載した各証拠によると、山口が被告会社の取締役に就任した経緯は、次のとおりである。

1  岩井は、昭和四四年ころから本件建物部分を賃借し、そこで個人で喫茶店「コンパル」を経営していた。その後、昭和五二年には、自己が代表取締役となって被告会社を設立し、喫茶店の経営の主体を被告に移し、当時の貸主の承諾を得て、本件建物部分の賃借人の名義も岩井から被告に変更した。(甲四、甲八)

2  岩井は、昭和五八年ころ、右「コンパル」の近くでスナックを経営していた山口と知り合い、同六0年ころには、「コンパル」の営業を山口に譲渡しようということになった。そこで、同六一年三月ころ、被告から原告に対して、被告会社の代表者を山口に変更することによる本件建物部分の借家権の譲渡の承諾を求めた。しかし、原告の方では、山口とは一面識もなく、将来同人との間で契約上の信頼関係を築いていけるかどうかに不安があるとして、被告の申し出を拒否した。(甲三、甲七、乙五、乙六)

3  そのため、岩井は、山口を被告会社の代表者にすることは断念し、原告に対して、前記の借家権の譲渡承諾の申入れを撤回するとの通知をした。しかし、岩井は、自分と妻及び義父の所持していた被告会社の持分の一部を、山口とその妻に譲渡した。その結果、被告会社の持分は、岩井が二分の一、山口とその妻が合計二分の一所持する形となり(もっとも、甲九及び甲一三によれば、岩井の持分は三分の一だけになってしまったのではないかとの疑いもある。)、昭和六一年三月末日付けで、岩井の妻と義父は被告会社の役員を退き、山口とその妻が新たに被告会社の取締役に就任した。なお、その際、岩井は、山口から、会社の持分の譲渡の対価として約八00万円を受け取った他、会社の財産を岩井から山口に移転することの対価というような趣旨で、更に約八00万円を受け取っている。(甲四、甲六、乙三、乙四)

4  その後の本件建物部分での喫茶店の営業では、岩井に代わって山口が「マスター」と呼ばれるようになり、仕入れ、売上の管理、従業員の採用等の事務はすべて山口が行うようになっており、食品衛生責任者や電話の名義人も、岩井から山口に変更されている。岩井は、週に一度くらいは店に顔を出し、定額による給料を支給されているが、特に担当する業務はないという状況にある。(甲一二、甲一三)

以上の事実関係からすると、被告会社の経営の実権は、既に岩井から山口に譲渡されており、これによって、実質的にみると借家権の譲渡が行われたのと同視できるような事態が生じているものと認められる。

したがって、原告のした契約解除には、理由があることとなる。

三右のような法人の実体の変更を「背信行為と認めるに足りない特段の事情」があるか。

右に認定したような事実関係からすれば、右の被告の法人の実体の変更を「賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情」があるものとは認められない。確かに、山口が被告会社の取締役に就任した後も、現在のところは、これによって本件建物の貸主たる原告にとって不都合と思われる事態が現実には生じていないことが認められる(原告代表者鬼頭)。しかし、それだからといって、直ちに右の特段の事情があることとなるものではない。

四賃借権を他に譲渡することを認める合意があったか。

本件の賃貸借契約で、被告がその賃借権を他に譲渡することを認める合意があったものとは認められない。むしろ、契約書(甲一)の条項自体からして、賃借権の無断譲渡が禁止されていたことは明らかである。

(裁判官涌井紀夫)

別紙<省略>

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